虹路 KOMICHI [日中合作舞台芸術・映像作品]
12月 31

5.M5「アクション!」
芝居と曲が交錯するプレイソングなのですが、基本的には前の台本の「アクション!」に近い形に戻すことになりました。青春ドラマであったり、SFであったり、ラブシーンであったり、映画撮影の場面のジャンルをより明確にして、最新稿「アクション」のリアルな映画撮影よりは少し遊びを加える感じですかね。
芝居の部分を台本チームがさらに練り直し、組み直し、整理し直す感じになるので、それによって曲の作り方も変わってくるかと思います。
音楽に関しては、既製品を使うなどの工夫で成立させたいと思ってます。

6.M6「虹」
「旧このままで(竹下・寄平ラブソング)」をそのまま使います。
おそらくED並みにデカい曲にしてやろうとたくらんでます笑 これも、楽曲自体は完成しますので、構成の整理はお任せ下さい。

7.M7「大地震」
これもおそらく既製品で対応します。
ダンスを思いっきり盛り込んだ見せ場になりますね。

8.M8「愛と寄平の歌」
これはそのまんまです。
個人的好き嫌いの関係上、歌詞は若干変わります。

9.M9「映画を作ろう#2」
最新稿のM9「闇の中の消えない虹」はカットします。
せっかくクライマックス撮影できる!!ってテンション上がっていので、楽しく「映画を作ろう」でノリノリ撮影に流れ込もうっということになりました。
この曲をバックに、愛を中心としてクライマックスの撮影が進み、ペンダント虹ができ、最後のワンフレーズだけみんなで歌って、「カット!!」で終了。

10.M10「ありがとう、またいつか」
これは別れの曲になりますが、基本は現状の台本通りです。事実上のEDソングになります。
年明けから歌練に入ります。

11.M11「21世紀への歌」
これは中国側で作ってもらいます、この企画そのものを締めくくる、ある種のアンコールソングのような位置付けになるのではないでしょうか…。
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橋本賢悟text by HASHIMOTO KENGO


12月 29

 そして②の映画「虹」について。空は人間の化身とするのか、それにしてもエキストラが必要な台本なのか…ということでエキストラの存在の話になっていきました。その結果、

 ・エキストラとして無理に映画の中に出さない方が良い。その後の話の展開で不自然になってくる。
 ・映画を撮る、というところにもっとこだわるシーンにしたい。
 ・(空をどういう存在として登場させるかはまだ決まっていない)
 ・映画の中のエキストラという形以外にもこの台本でやれる役はある!

 という様な話をしている時に新たな問題が……③愛の位置付けの弱さ

→ジーピンが元から虹という作品を映画にしたいという想いがあるなら、愛がやめるといった時点で別の日本人を探す可能性がある。⇒今の愛の立場では参加している感の方が強くやめよう発言ではこの企画自体の中止には繋がりにくい。
→愛のリーダー性が弱い
→やりたいという心のみでジーピン立ちの中に参加したにもかかわらず、辞めるというのがわがままに思える。
→上海に来た、というだけでは愛の映画への想いがしっかり見えない。
→愛より瞳の方がリーダーっぽい。
→要所のセリフは愛が押さえているにも関わらず自分の意見を出し切れていないのでは。
→愛のやる気に引きずられた様にみんなが愛に協力して一つになるという流れがほしい。
→愛が企画自体のりーダーになることで映画製作ではどの役割もできる。(女優)

 ということから第一稿目の愛が映画製作メンバーを探す、という設定に戻す。
 しかしそのとき偶然ジーピン達が虹の台本を持っているのは偶然すぎる。(台本を持っていたらすでに形にしているのでは?10年間温める意味が分からない。)
そして虹を望が日本で書いた本(絵本)にしては、ということになった。

 水曜日話した内容はこんな感じです。今回の保留点は
・瞳の怒り爆発の原因
・空を人間として出すか……愛の映画製作でのポジション

 よっし、こんな感じで日本メンバー内では気になっていた事などがスッキリしたのです。あっこさん1月に日本に帰ってこられるんですよね?楽しみにしてます!では、良いお年を~  彩子

高木彩子text by TAKAGI AYAKO


12月 29

朝子さんが送ってくれた昨日の話し合いの流れ&まとめを読み再確認することができたので書きます!ほんまに細かく書いてくれていてびっくり!!なんでこんなに覚えてるんやぁーー!?って感じです。。
 そう、昨日は台本の話合いにはまり込んでしまい長々と議論していました。おおきなポイントは

    ①S7衝突での瞳の位置付け、及びその後の瞳の行動について。
    ②映画虹について。

 まず①についての問題点として ・瞳が自己解決しすぎで仲直りするシーンがない
                      ・瞳は本当に黒い存在でなければならないのか
                      ・瞳は本当にセットを壊すのか

 そしてそこから派生した問題、疑問点、意見

   ・けんか後、愛がやる気を取り戻したのになぜジーピンは意固地に
    なっているのか。
   ・ジーピンは望に対する想いの強さのため愛に怒ったのになぜペン
    ダントを投げすてたのか。   
   ・望のビデオレターで思い直すのを愛にしては?
   ・地震の望の死のシーンをオープニングにセリフなしで持ってきた方がよい

   この解決策を話し納得のいくS7からの流れを考え実際にエチュードをしてみた。

 瞳が練習に来ない=撮影ができない→愛のもうやめよう発言→ジーピン愛に失望し退場(チュンシャ、美樹も)→韓愛にビデオレターを渡し退場→
愛一人で望のビデオレターを見る→愛忘れかけていた映画への想いを
取り戻しジーピンの想いも知る→愛とジーピン和解→2人の元に仲間達戻ってくる→最後に瞳が戻ってくる→和解

 これでやってみた結果、瞳が撮影に来ないというきっかけよりも撮影中に瞳が出ていく方が良いのでは、となった。瞳の溜まったイライラが爆発するという形。そのほうが仲直りする時にスッキリする。(しかし、まだこの瞳のイライラの原因となる中国人の常識を知らないし、どこまで通じるのかという問題は残る。と私は思う。←…意味分かるかな?とにかくここがこの台本を作る上でのあっこさんにしか分からない部分だと思うのです。)

高木彩子text by TAKAGI AYAKO


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